医療機関における人材不足は年々深刻さを増しており、特に看護師や医療事務職の確保は困難を極めています。
厚生労働省の統計によれば、医療業界の有効求人倍率は全業種平均の2倍以上を推移しており、特に看護師については3倍を超える状況が続いています。
このような状況下において、新規開業やリニューアルを考える医師は「優秀なスタッフをどうやって確保すればよいのか」「離職を防ぐにはどうすればよいのか」といったことに悩んでいます。
実は、スタッフの採用・定着の重要なポイントの一つが「働きやすい勤務時間の設定」にあります。そこで今回は、効果的な勤務時間設定の方法と、それを実現するための具体的な施策についてご紹介させていただきます。
診療時間とスタッフの勤務時間は異なる
見落としがちな診療時間外の業務
開業準備において、多くの先生方が「診療時間=スタッフの勤務時間」と考えがちです。
しかし、実際の医療現場では、診療時間の前後にも重要な業務が数多く存在します。
診療開始前の準備業務には、医療機器・設備の始業点検、診療材料の準備・補充、受付環境の整備、当日の予約患者様のカルテチェックなどがあります。特に感染症対策が重要視される昨今では、待合室の換気や消毒作業など、より丁寧な準備時間が必要となっています。
ほとんどのクリニックにおいて、診療開始1時間前からの準備時間が必要であり、この時間を確保ができないと午前の診療開始時に混乱が生じやすいことが考えられます。
診療終了後の必須業務
診療終了後も、使用した医療機器の洗浄・消毒、診療室や待合室の清掃・整理、レセプト業務、翌日の準備など、多くの業務が待っています。特にレセプト業務は、保険請求の正確性を確保するために十分な時間を確保する必要があります。
これらの作業を適切に行う時間を確保できないと、以下のような問題が発生する可能性があります。
- スタッフの残業時間の増加
- 業務の質の低下と医療事故のリスク上昇
- スタッフの心身の疲労蓄積
- 離職率の上昇
働き方改革時代の勤務時間設定
求職者の意識変化
近年の「働き方改革」の流れは、医療現場にも大きな変化をもたらしています。求職者の方々は、給与以外の要素も重視するようになってきており、特に以下の点に注目しています。
- 残業の有無と頻度
- 休暇の取得しやすさ
- 勤務時間の柔軟性
- 職場の雰囲気や人間関係
実際、クリニックでの求人活動においても「残業なし」「完全週休2日制」「有給休暇取得率90%以上」といった労働条件を明示することで、応募数が大幅に増加した事例があります。
求人内容に嘘があってはいけませんが、興味を持たれるような表記は必要だということがわかります。
法令遵守と効率的な運営の両立
基本的な労働時間規制
労働基準法では、以下のような労働時間の制限が定められています。
- 1週間の労働時間:40時間以内
- 1日の労働時間:8時間以内
- 休憩時間:6時間超の勤務で45分以上、8時間超の勤務で60分以上
小規模医療機関への特例
10人未満の小規模医療機関では、特例措置として週44時間までの労働時間が認められています。ただし、この特例措置も将来的には廃止が検討されているため、早い段階から週40時間以内での運営体制を整えることをオススメします。
効果的な勤務時間設定の実例
基本的な週休2日制の運営例
平日の理想的な時間配分:
8:30-9:00 始業準備
- 医療機器の点検
- 診療材料の準備
- 受付環境の整備
- 当日予約の確認
9:00-13:00 午前診療
- 一般診療
- 処置・検査
- 予約外患者様対応
13:00-14:00 休憩時間
- 昼食・休憩
- 仮眠可能な環境整備
14:00-18:00 午後診療
- 一般診療
- 特殊検査
- 予約診療
18:00-18:30 終業作業
- 機器の洗浄・消毒
- 診療記録の整理
- 翌日の準備
この時間配分により、スタッフの実労働時間は休憩を除いて8時間となり、法定労働時間内に収まります。
夜間診療対応型の運営例
クリニックでの働き方として「中休憩が長い」ことが問題となります。この時間を有効に使える人もいれば、無駄にダラダラしてしまうためストレスに感じる人もいます。
そこで、夜間診療を実施する場合は、以下のようなシフト制の導入が効果的です。
早番シフト(8:30~17:30)
- 朝の準備から午後診療前半までを担当
- 早めの帰宅が可能で、育児中のスタッフにも対応
遅番シフト(10:30~19:30)
- 午後診療から夜間診療までを担当
- 朝型でない人材の活用が可能
休診日の設定方法
休診日の設定も重要です。一般的な木曜・日曜休診に加えて、以下のような工夫が効果的です。
- 祝日は原則休診とし、スタッフの休暇を確保
- 月1回の土曜午後休診で、まとまった休暇を創出
- 年末年始・お盆期間の診療体制を事前に明確化
柔軟な勤務時間制度の活用
1ヶ月単位の変形労働時間制
季節性の強い診療科や、曜日によって患者様の来院数に大きな変動がある場合には、1ヶ月単位の変形労働時間制が有効です。
具体的な活用例:
- インフルエンザ流行期の勤務時間延長
- 花粉症シーズンの診療時間拡大
- 学校健診シーズンの人員体制強化
育児・介護への対応
子育て中や介護中のスタッフのために、以下のような制度の導入を検討します。
- 短時間勤務制度(1日6時間勤務など)
- 時差出勤制度(9:30~18:30など)
- 週3日勤務などの柔軟なシフト対応
働きやすい環境づくりのポイント
業務効率化のための設備投資
以下のようなシステム導入により、業務効率を大幅に改善できます。
- 電子カルテシステム
- オンライン予約システム
- 自動精算機
- 在庫管理システム
施設・設備面での工夫
当社では、以下のような設計上の工夫を提案しています。
- 効率的な診療室配置による動線の最適化
- 十分な収納スペースの確保
- リフレッシュできる休憩室の設置
- バックヤードの作業効率を考慮した設計
まとめ:選ばれるクリニックを目指して
適切な勤務時間設定は、スタッフの採用・定着を促進し、医療サービスの質を向上させ、結果として経営の安定化につながる重要な経営戦略です。
特に重要なポイントは以下の3点です。
- 診療時間外の業務も考慮した適切な勤務時間の設定
- 柔軟な勤務制度の導入によるワークライフバランスの実現
- 設備投資や施設設計による業務効率の向上
人材確保が困難な時代だからこそ「働きやすさ」を重視したクリニックづくりが必要です。それは単に労働時間を短縮するだけでなく、効率的な業務環境の整備や、スタッフのライフスタイルへの配慮など、総合的な取り組みが求められます。
クリニックの新築・リニューアルを通じて、スタッフが生き生きと働ける環境づくりをサポートしをクリニック経営者として考えてみましょう。
いずれそれが、クリニックの長期的な成功への近道となるのです。
そして、スタッフが働きやすい環境は、必ず患者様へのサービス向上にもつながります。
選ばれるクリニックを目指す上で、適切な勤務時間設定は避けて通れない重要な経営課題なのです。