クリニックの院長にとって、頭を悩ます問題の一つが紙カルテの収納保管です。
限られたスペースで様々に動線を工夫し、スペースをひねり出しても追いつかず、カルテがあふれかえる状況に、診療の場の適正確保にも苦労されるところです。
リフォームで対処できないか、敷地内に収納庫が建設できないか、業者に託すことはできないか、やはり電子化かなどと思案は尽きないと思います。
今回はそれらを検討するときに知っておきたいことがらをまとめてみました。
カルテ取り扱いの基本
医師による診療記録(カルテ)は、医師法24条により患者の診療完結日から5年間の保存義務、治療継続であれば5年以上であっても保管が必要と定められています。
また、要求があればいつでも開示できるように管理しなければなりません。
診療が完結してから5年が経過した後は、カルテの処分は可能ですが、後遺症などで診療が完結していない場合は処分には慎重な対応が求められます。
年々増えるカルテの収納に悩む一方で、地元に根付いたクリニックでは保管期間を過ぎたとはいえ、5年ですぐに廃棄というわけにもいかないところがあります。
5年を過ぎたところでの来院される患者さんもあり、そのような地元の患者さんの信頼にこたえるためにも、履歴を辿れないというのは何とも心苦しい。
一筋縄ではいかないのが紙カルテ問題です。
また、カルテ類には多くの個人情報が記載されているため、情報が漏洩しないよう厳重管理が求められます。
このような慎重な取り扱いが求められるカルテですが、膨大な量になった紙カルテはすでに診療スペース、バックヤードなど収納可能なところはすべて利用したが、そこからもはみ出す状況になり、クリニックの運営に支障をきたすまでになっている状況も見受けられます。
増大するカルテへの対処
1.クリニックのリフォーム
カルテ保管棚は、受付の横の棚だけで充分だと思っていましたが、瞬く間に賄えなくなり、様々にカルテ棚を増設して対応してきましたが限界、それでも「しばらくは乗り切れる」との思いでクリニックをリフォームするに至った事例があります。
現状を維持しながらの工夫ですから実施しやすい面があり、うまくいけばクリニックにとっては最小の対応ですみます。費用対効果の点からも良好な結果を生む場合があります。
しかし、この事例では必ずしも思うようにはいきませんでした。
一つ収納スペースを確保する手直しに過ぎないのに、結果として、クリニックの様子が大きく変わってしまいました。院内の動線が変わり、診療の流れ、スタッフの動きもスムーズではなくなってしまいました。
収納だけに目が向き、これまで維持されてきたクリニックの診療を中心とした機能が障害される結果になってしまいました。
事前の業者との打ち合わせが十分でなく、結果を見通すことが出なかったこと、さらに、クリニックに精通した業者とはいえなかったことにも一因がありました。
2.カルテ収納庫の建設
敷地に余裕があればカルテ収納庫の建設が考えられます。
院内に手を加えないで収納場所を作るのですから、安心です。
要求があればいつでも開示できるように身近にカルテを置いておくこともできるという点でも有利です。
管理の仕方に工夫もできる点もあり、利点も多いのですが、保管管理のための物理環境と管理方式は適切なものでなければなりません。
カルテの安全な保管管理に適した倉庫、結露対策、空調などの物理環境は必須、火災、その他災害、セキュリティ対応は厳格に求められる。
このような建造物の維持管理のためのコスト、さらには固定資産税の負担もあることは確認しておく必要があります。
また、管理の仕方によっては新たな担当者が必要になってくる場合も考えられます。
3.カルテ管理業者による保管
平成14年厚生労働省医政局長、保険局長連名通知「診療録等の保存を行う場所について」で外部保存への指針が示され、各業者が業務委託を受けられるようになっています。
外部保存は、診療録等の保存の義務を有する病院、診療所等の責任において行うこと。
また、事故等が発生した場合における責任の所在を明確にしておくことが基本となっており、業者の選定をしっかりとする必要があります。
集荷から処理まで同一またはグループ会社で確実に行われるか、作業完了証明書発行の有無、万一の場合の情報漏えい対策、情報セキュリティ認証ISO27001取得の有無などが業者選びのチェクポイントになります。
カルテには、患者の氏名や住所、年齢などの基本的な個人情報だけではなく、外部に漏れてはいけない情報(機微情報)が記載されています。
カルテの情報が流出した場合、患者のプライバシーや人権を侵害する恐れがあるため、セキュリティ対策を万全に整えて取り扱う必要があります。
万が一、カルテの流出が発覚した場合、患者や親族から民事訴訟を提起されるリスクが高まり、患者だけでなく地域住民の信頼を失いかねません。
委託するとはいえ、責任は医療者の側にあると考えておくべきでしょう。
4.カルテの保管から廃棄
業者の管理システムは日々進化しています。
初期入庫時に、ID番号・患者名・入退院日などの指定項目をマッチング。
台帳作成などの入力作業、カルテのファイリング、院内の保管棚から該当分を抽出するピッキング、利用頻度の高いアクティブなカルテは院内で管理し、検索頻度の低いカルテを SRIで保管。カルテは患者単位で保管管理し、必要な際には患者単位での原本配送が可能などです。
提供される利便は多岐にわたりますが、自クリニックにマッチしたものを見極める姿勢は必要です。
マッチしないものを導入してはクリニックの機能が障害されてしまうこともあります。
また、導入コストは厳しく査定しておきたいものです。
利用サービスの内容、業務量ばかりでなく、業者によってサービスの質にもかなり違いがあり、コストにも大きな開きがあります。
ひとつひとつ具体的に確認して契約を結ぶ必要があります。
このような業者に委託するメリットとしては、保管管理に続く廃棄・処分にうまく結びつけることができる点です。
管理を委託していたことで、クリニックの文書管理の状況を分かったうえで対処でき、廃棄時の作業が容易になります。
保存期間(損害賠償請求権10年を考慮)経過後の処分でカルテを廃棄する方法としては、溶解、粉砕(シュレッダー)、焼却などがあります。
処理業者に委託する場合は、個人情報の処理となりますので、十分な注意が必要です。
電子カルテ
電子カルテは医師が診療内容をパソコンに打ち込むのは同じですが、情報システムとしてみると病院と診療所の電子カルテシステムは組織構成が違い、機能も大きく異なります。
病院は、薬剤部門や検査部門、放射線部門、看護部門、手術部門、給食部門、事務部門等の組織で構成されます。
各部門は、電子カルテに入力された医師の指示やカルテの記載内容を元に、診断支援や治療のための業務を実施します。
一方、診療所は医師と数人の看護師・事務員から成り立ち、ほとんどの業務が診察室内で終了しますから、指示する必要がありません。
診察室内で実施したことを記録し、カルテの記載を行なうだけの機能に限定されます。
この違いから、病院と診療所では、システムにかかるコストが全く異なります。
病院の電子カルテを構築するためには、どんなに小さい病院でも数億円必要です。
しかし、診療所のシステムは内科の診療所であれば、一千万円以下で十分構築できるといわれます。
1.クリニックの電子カルテ
一般診療所の電子カルテ普及率は41.6%(H29厚労調)であり、開業と同時に導入する割合は高いが、紙カルテから切り替えての導入となると割合は低くなります。
診療所の場合、導入の大きな動機が増大する紙カルテへの対処にあることを考えると、大きな負担になる電子カルテへの切り替えを積極的に検討するのは難しい。
2.電子カルテ導入のメリット
クリニックへの電子カルテ導入によるメリットとしては、カルテ記入作業の効率化、患者データの確認が容易、診断書・紹介状など文書作成が簡単、指示・伝達ミス防止、紙カルテの受け渡し不要、医療事務・会計作業の効率化などが挙げられます。
しかし、メリットを感じるためには、電子システムが診察スタイルにうまく馴染むかが重要です。
例えば、診察・検査・会計の流れがシステムに合致していれば使い勝手がいいが、そうでなければ診察の流れが阻害されてしまいます。
既成のシステムを導入するのではメリットを感じることはできにくい。
そんな場合のシステムの変更、カスタマイズが容易であるか否かが重要です。
3.留意するポイント
電子カルテ導入後しばしば耳にする「先生はパソコンばかり見ていてこちらの言うこと聞いているのだろうか」という患者側の言葉です。
病院、クリニックの関係なく医師に対する患者側の気持ちを代表しており、従前の医師―患者関係を基本的に変化させて来たかもしれません。
ベテラン医師の中には電子カルテ入力は「紙カルテに比べて2倍の時間がかかる」との印象を持つ場合もあります。
ここには入力操作にとどまらない問題を含んでいるとも言われます。
また、繁盛クリニックであれば院長以外に何人もの非常勤医師が診療にあたることが多いと思われますが、非常勤医師にとって、様々な電子カルテシステムによって異なる入力操作は大きな負担となります。
望まれる診察態度を維持するのが困難になることも考えられます。
4.導入のための事前準備
クリニックとすれば、地域の信頼に結び付く評価は意識しなければならないところです。
これまで慣れ親しんだ「紙」と「ボールペン」よりも電子カルテの方が使いやすくなければ、「電子カルテを入力しながら患者と今まで通り向き合えるのか」という不安を払拭できません。
念入りに時間をかけた事前準備、変更に伴う課題の洗い出し、クリニックスタッフの研修、全員の理解など切りもありませんが、可能な限りの対応をする覚悟は必要です。
電子カルテの導入が医師の生産性を阻害しては元も子もないのです。
紙カルテから電子カルテへの変更でクリニックへの評価が大きく変わる可能性についても認識しておきたいところです。
まとめ
今回はクリニックにおける紙カルテと電子カルテにまつわる事柄をいくつか検討してきました。
いろいろ状況対応に悩まれて、各業者が開く説明会に参加はしても、自身のクリニックには何がいいのか、迷いが次々とわいてくることも多いと思います。
その迷いのいくつかが消え、満足のいく結論に至られることを願っています。